マラキ

マラキは、旧約聖書マラキ書を著した、北イスラエル王国預言者

祭司達への裁きの宣告と、民衆に向けての神を恐れる者達に有る報い(マラキ書 3章16節〜18節)、そして予言者エリヤの再来とされる人物の出現(マラキ書 4章5節)とを預言した。この内後者は、新約聖書の中では洗礼者ヨハネのイエス・キリストに対する関係を預言したと解釈されている。

関連項目

アルノルド・ヴィオン

アルノルド・ヴィオン(Arnold Wion または Wyon, 1554年5月15日 - 1610年頃)は、フランス出身のベネディクト会修道士。同会に関する歴史をまとめた最初の人物であるが、むしろ現在では、いわゆる『聖マラキの預言』を最初に公刊した人物として知られる。なお、名前はしばしばアルノルド・ド・ヴィオン(Arnold de Wion)とも綴られる。ほかにイタリア語式のアルノルド・ヴイオン(Arnoldo Vuion)、ラテン語式のアルノルドゥス・ウィオン(Arnoldus Wion)などの綴りもある。

アンジェラの灰 (映画)

『アンジェラの灰』(アンジェラのはい、Angela's Ashes)は、1999年のアメリカ映画。フランク・マコート作の同名小説の映画化。アラン・パーカー監督。

オバデヤ書

『オバデヤ書』(オバデヤしょ)は旧約聖書文書のひとつ。『オバデア書』とも。旧約聖書のなかでもっとも短く、1章21節のみからなる予言の書。筆者は伝統的にオバデヤ(オバデア)という名の人物とされる(オバデヤ1、以下「オバ」と略す)。この名は字義通りには「主(ヤハ)の僕(または崇拝者)」を意味する。キリスト教では十二小預言書のひとつと分類され、ユダヤ教では後の預言者に分類される。

ゼカリヤ書

『ゼカリヤ書』(ゼカリヤしょ)は旧約聖書文書の1つ。ユダヤ教では「後の預言者」に分類され、キリスト教では預言書(十二小預言書)に分類する。キリスト教でいう十二小預言書の第11番目に位置し、伝統的に『ハガイ書』と『マラキ書』の中間に配置される。ゼカリヤにちなんでゼカリヤ書と呼ばれるが、著者に関しては様々な説があり、わかっていない。

14章からなり、小預言書の内では、比較的大部にわたる。

バルク書

『バルク書』(Book of Baruch)は、ユダヤ教とプロテスタント諸派では外典として扱い、カトリック教会と正教会では旧約聖書に含めている書物のひとつ。タイトルはエレミヤの書記(『エレミヤ書』45:1)であったバルクを名乗る著者の名前に由来している。『知恵の書』や『シラ書』とも共通する知恵の賛美が見られ、知恵=律法であるとしている。(4:1)

ブギス (ウガンダ)

ブギス (Bugisu) は現在のウガンダ東部の伝統的地域。エルゴン山西麓にあたり、バントゥー系ギス族(バギス)の伝統的居住地である。北にカラモジャ地方、東にセベイ、南東にケニアのリフトバレー州、西部州、南西にブケディ、北西にテソ地方と接する。

1902年にイギリスの意を受けたガンダ族の将軍セメイ・カクングルに征服された。カクングルは各地を征服後、ブギス南部のムバレの儀礼的首長となりマラキ教の指導者となって没した。東のセベイはナイル系のカレンジン族に近いセベイ族が住み、ブギス県設置時にセベイ郡とされたが独立時に分割されている。ムバレ地域はしばらくブギス県とブケディ県の県庁所在地とされたが、1967年9月にブギスに戻されている。1979年にムバレ県に改称、2000年7月に北部がシロンコ県に分割され、2005年7月に南部がマナフワ県に分割され、2006年7月にマナフワ県北部がブドゥダ県に分割された。

アラビカ種のコーヒーの産地として知られ、ブギシュはブランド名になっている。

ヘブライ語聖書

ヘブライ語聖書(ヘブライごせいしょ、(ヘブライ語: תַּנַ"ךְ‎、תּוֹרָה, נביאים ו(־)כתובים)) とは、ユダヤの「聖書」。タナハ、ミクラー。聖書ヘブライ語 (Biblical Hebrew) で書かれており、ユダヤ教の「聖書正典」である。

最初の5書(ヘブライ語: חֻמָשׁ‎, Pentateuch, 狭義の「トーラー」)とタナフ全体(トーラー、ヘブライ語: תּוֹרָה‎)は、「成文トーラー、成文律法(ヘブライ語: תּוֹרָה שֶׁ(־)בִּכְתָב‎, Written Torah, Written Law)」として、口伝トーラー(ヘブライ語: תּוֹרָה שֶׁ(־)בְּעַל־פֶּה‎, Oral Law)と主に「二重のトーラー (Dual Torah)」の一部とされる。「トーラー(תּוֹרָה)」は教え、指図、理論、学説の意味であり、算術(תּוֹרַת הַ(־)חֶשְׁבּוֹן)、論理学(תּוֹרַת הַ(־)הִגָּיוֹן)、認識論(תּוֹרַת הַ(־)הַכָּרָה)、のように一般名詞としてもつかわれる。口伝トーラーは「タルムード(「学び」)」の代名詞となった。

最初の5書は「フンマーシュ(Chumash(חֻמָשׁ), キリスト教的なニュアンスを含む用語では「五書 Pentateuch, モーセ五書 Five Books of Moses(ヘブライ語: חֲמִשָּׁה חֻמְשֵׁי תוֹרה‎))」である(特に日本語訳の「聖書(ביבליה)」自体がすでにキリスト教的ニュアンスを含んでいる)。本来のヘブライ語での「聖(קֹדֶשׁ, קָדוֹשׁ, קִדּוּשׁ)」とは特別な、特殊な、他と違う、献呈された、献納された、捧げられた、費やされた、といった意味である。

タナフは本来セーフェルー・トーラー (Sefer Torah) として巻物の形であった。

なお、「旧約聖書(Old Testament, הברית הישנה)」というのはキリスト教徒や彼らの影響を受けた異教徒の呼び方、考え方であり、ユダヤ教、つまりユダヤ人はキリスト教徒の言う「新約聖書」を認めないため(「古い契約」とも考えないため)、旧約聖書とは呼ばれない。

詳細はタナハを参照

マラキ書

『マラキ書』とは旧約聖書文書の1つ。ユダヤ教では「後の預言者」、キリスト教では預言書に分類する。預言書のなかでは最後に配置され、『ゼカリヤ書』の後に配置される。キリスト教でいう十二小預言書のひとつ。3章からなる。預言の主題は宗教儀式の厳守、及び雑婚の禁止である。マラキは当時の形式的な礼拝を咎めた。

前半部分では裁判の判例のような議論形式、質疑応答で、神とイスラエルの人々との受け答えが続いている。

メサイア (ヘンデル)

『メサイア』(Messiah)は、ヘンデルが作曲したオラトリオ。HWV.56。

レビ記

『レビ記』(ヘブライ語: ויקרא‎、英: Leviticus)とは旧約聖書中の一書で、伝統的に三番目に置かれてきた。モーセ五書のうちの一書。ヘブライ語では冒頭の言葉から「ワイクラー」と呼ばれるが、これは「神は呼ばれた」という意味である。内容は律法の種々の細則が大部分を占めている。

全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言

全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言(すべてのきょうこうにかんするだいしきょうせいマラキのよげん、Prophetia S. Malachiae, Archiepiscopi, de Summis Pontificibus)は、12世紀北アイルランドの都市アーマーの大司教聖マラキ(マラキアス)が行ったとされている、歴代ローマ教皇に関する予言である。本記事名は現在確認されている範囲での初出に当たる『生命の木』(1595年)に採録されたときのものだが、一般には単に「聖マラキの予言」「教皇(について)の予言」などと呼ばれる。実際には1590年に作成された偽書と見なすのがほぼ定説となっており、その立場からは「偽マラキの予言」と呼ばれることもある。

出エジプト記

『出エジプト記』(しゅつエジプトき、ヘブライ語: שמות‎、英語: Exodus)は、旧約聖書の二番目の書であり、『創世記』の後を受け、モーセが、虐げられていたユダヤ人を率いてエジプトから脱出する物語を中心に描かれている。モーセ五書(トーラー)のひとつであり、ユダヤ教では本文冒頭より第二番目の単語から『シェモース』と呼ぶ。全40章から成る。

創世記

『創世記』(そうせいき、ヘブライ語:בראשית、ギリシア語:Γένεσις、英: Genesis)は、古代ヘブライ語によって記された、ユダヤ教、キリスト教の聖典で、イスラム教の啓典である聖書(旧約聖書)の最初の書であり、正典の一つである。写本が現存しており、モーセが著述したとされている。いわゆるモーセ五書は、ユダヤ教においてはトーラーと呼ばれている。

『創世記』はヘブライ語では冒頭の言葉を取ってבראשית‎(ベレシート)と呼ばれているおり、これは「はじめに」を意味する。また、ギリシア語の七十人訳では、2章4節からとってΓένεσις(ゲネシス)と呼ばれており、「起源、誕生、創生、原因、開始、始まり、根源」の意である。

十二小預言書

十二小預言書(じゅうにしょうよげんしょ)は、キリスト教で用いられる、旧約聖書文書群の名である。ヘブライ語聖書では十二巻と呼ばれる。

ホセア書

ヨエル書

アモス書

オバデヤ書

ヨナ書

ミカ書

ナホム書

ハバクク書

ゼファニヤ書

ハガイ書

ゼカリヤ書

マラキ書上記の12の預言書を総称してこのように呼ぶ。

恐らくこれらの文書は、それぞれ独立に、ユダ王国およびイスラエル王国の末期から、両王国滅亡後、バビロン捕囚のあと、紀元前2、3世紀頃までに書かれた。どの文書も比較的短く(最も長い『ホセア書』と『ゼカリヤ書』で14章)、神の怒りとその罰としての滅び、和解と復興などの主題が現れる文書が多い。

旧約聖書

旧約聖書(きゅうやくせいしょ)は、ユダヤ教およびキリスト教の正典である。「旧約聖書」という呼称は旧約の成就としての『新約聖書』を持つキリスト教の立場からのもので、ユダヤ教ではこれが唯一の「聖書」(タナハ)である。そのためユダヤ教では旧約聖書とは呼ばれず、単に聖書と呼ばれる。『旧約聖書』は原則としてヘブライ語で記載され、一部にアラム語で記載されている。また、イスラム教においてもその一部(モーセ五書と詩篇に相当するもので現在読まれているものとは異なる。それらはそれぞれ、アラビア語で「タウラー」「ザブール」と呼ばれる)が啓典とされている。

洗礼者ヨハネ

洗礼者ヨハネ(せんれいしゃヨハネ、ヘブライ語: יוֹחָנָן הַמַּטְבִּיל‎, Yōḥānān ha-Maṭbīl, 羅: Ioannes Baptista, 希: Ἰωάννης ὁ βαπτιστής, 伊: Giovanni Battista, 英: John the Baptist, 独: Johannes der Täufer, 仏: Jean le Baptiste, 西: Juan el Bautista, 蘭: Johannes de Doper、紀元前6年から前2年頃 - 36年頃)は、『新約聖書』に登場する古代ユダヤの宗教家・預言者。個人の回心を訴え、ヨルダン川でイエスらに洗礼(バプテスマ)を授けた。『新約聖書』の「ルカによる福音書」によれば、父は祭司ザカリア、母はエリサベト。バプテスマのヨハネ、洗者ヨハネとも。正教会ではキリストの道を備えるものという意味の前駆(Forerunner)の称をもってしばしば呼ぶ。日本ハリストス正教会での呼称は前駆授洗イオアン(ぜんくじゅせんイオアン)。

イエスの弟子である使徒ヨハネとは同名の別人である。

聖マラキ

聖マラキ(St.Malachy, 1094年頃 - 1148年11月2日)は、アーマー(現北アイルランド領)に生まれたカトリック聖職者であり、死後列聖された。本名はメル・メドック・ウア・モルガイル(Máel Máedóc Ua Morgair)で、英語式にはマラキ・オモーゲーア(Malachy O’Morgair)である。聖人としての名は聖マラキアス(St. Malachias)とも表記される。いわゆる聖マラキの予言で知られるが、本人との関連を裏付ける史料は見つかっていない。

預言者

預言者(よげんしゃ、英語: prophet)とは、「自己の思想やおもわくによらず、霊感により啓示された神意 (託宣) を伝達し、あるいは解釈して神と人とを仲介する者。祭司が預言者となる場合もあり、しばしば共同体の指導的役割を果す。」本項ではユダヤ教、キリスト教、イスラム教、バハーイー教における預言者について詳述する。

高等批評

高等批評(こうとうひひょう、英語:historical criticism、higher criticism)は、文学分析の一分野で、文書の起源の批判的調査である。近代聖書学によって使われた手法で、聖書を対象とする。上層批判または高等批判ともいう。

旧約聖書預言者(ユダヤ教)

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