ゲリラ

ゲリラスペイン語: guerrilla)は、ゲリラ戦(遊撃戦)と呼ばれる不正規戦闘を行う民兵またはその組織のことでパルチザンとも呼ばれる。ゲリラ戦とは、予め攻撃する敵を定めず、戦線外において小規模な部隊を運用して、臨機応変に奇襲待ち伏せ後方支援破壊といった、攪乱や攻撃を行う戦法、またはその戦法が用いられた戦闘を指す。

なお日本の警察用語では、上記と異なる定義がなされる。警察庁が発行する警察白書では、施設などを攻撃する対物テロを「ゲリラ」、個人を標的とする対人テロを「テロ」と区分している。もっとも、事件の中にはどちらに該当するか区分付きがたいケース(例:警視庁独身寮爆破事件)もあり、一般国民に対する広報では、「テロ・ゲリラ」と一括して取り扱っている[1]

語源

6-de-junio-1808
スペイン独立戦争で、フランス軍による侵略に抵抗するスペインのゲリラを描いた絵画
Afrikaner Commandos2
第二次ボーア戦争におけるゲリラ

1808年からのスペイン独立戦争ナポレオン軍に抗して蜂起したスペイン軍スペイン人民衆の採った作戦を、ゲリーリャ(guerrilla、guerra「戦争」+縮小辞-illaで「小さな戦争」を意味するスペイン語の単語)と呼んだのが、ゲリラの語源である。ただし、戦術としてのゲリラ戦は、この語が生まれる以前の古代から存在していた。

概要

ゲリラによるゲリラ戦は、正規軍による正規戦、特に会戦による決戦方法とは対極的な戦争形態である。一般にゲリラ戦は、少数あるいは劣勢となった側が地の利や住民衆の支持を背景に小規模な戦闘を効果的・反復的に実施することによって、優勢な敵に対して消耗戦神経戦を強いて占領の長期継続を困難にさせる事を目的とする。反面、ゲリラ戦だけでは短期間に決定的な軍事的損害を与える事は困難で、その間は優勢な敵側から「正規兵ではない犯罪者、テロリスト」とみなされての弾圧報復も予想されるため、長期の継続力が必要となる。

同様の任務を遂行する正規軍兵士は「ゲリラコマンド」などと呼び区別する。正規軍も必要に応じてゲリラ戦術を実施するほか、特殊部隊による後方攪乱などコマンドー攻撃を採用する場合や、更には前線での正規軍と被占領地での市民によるゲリラが連携する場合などもあり、どこまでを「ゲリラ」または「ゲリラ戦」と呼ぶかの明確な区別や分類は困難である。

近代以降で代表的なゲリラ戦またはゲリラ組織には、19世紀スペイン独立戦争ボーア戦争20世紀アラブ反乱毛沢東率いる八路軍第二次世界大戦中の各地でのレジスタンス運動パルチザン、東西冷戦期のアルジェリア戦争ベトナム戦争キューバ革命アフガニスタン紛争などがある。特にパレスチナ・ゲリラは、西側先進諸国ミュンヘンオリンピック襲撃や多数のハイジャック事件を起こして紛争の国際化を狙い、連携したドイツ赤軍赤い旅団日本赤軍なども同様のゲリラ事件を発生させた。

ゲリラ戦の代表的な理論書や教本には、ウラジーミル・レーニンの『ゲリラ戦争』、毛沢東の『遊撃戦論』、チェ・ゲバラの『ゲリラ戦争』、カルロス・マリゲーラの『都市ゲリラ教程』などがある。

また、ゲリラ戦では、ゲリラ側が捕虜となった場合の待遇に歴史的な議論があり、近代の戦時国際法の主題の1つとなっている。

19世紀のゲリラ

アフリカ分割において、ヨーロッパ諸国の軍隊に対する抵抗は、ゲリラ戦の形態を採ることが多かった。アルジェリアアブデルカーデル西アフリカサモリ・トゥーレの採用したゲリラ戦術は、フランス軍を大いに悩ませた。ボーア戦争に際して、アフリカーナーイギリス軍に対してゲリラ戦で抵抗したが、コマンドーの語源はこの時イギリス軍と互角以上に戦った彼等の言葉アフリカーンス語に由来している。これらのゲリラ戦術はヨーロッパ諸国軍を撤退に追いやることはできず、理論化もなされなかったが、後のアフリカの歴史に少なからぬ影響を残した。

20世紀のゲリラ

農村ゲリラ

イギリス軍トーマス・エドワード・ロレンスは、第一次世界大戦においてアラブ反乱を率いてオスマン帝国と戦った。彼の取った作戦は、オスマン帝国との正面からの衝突ではなく、ヒジャーズ鉄道を神出鬼没に攻撃してより多くのオスマン軍部隊を鉄道沿線に張り付け、イギリス軍パレスチナでの進軍をしやすくすることにあった。彼の取った戦法は、各国のゲリラ戦術や特殊部隊に影響を与えた。

近代ゲリラ戦を定型化したのは、ニカラグアアウグスト・セサル・サンディーノ将軍だった。サンディーノは、1927年に駐ニカラグアアメリカ海兵隊を攻撃してニカラグア北部の密林山岳地帯でのゲリラ戦争に持ち込み、国際社会やラテンアメリカ諸国の支援を受けて1933年に海兵隊を撤退に追いやった。

現代においてゲリラ戦の有効性を実証したのは、第一次国共内戦において、毛沢東が率いた中国共産党紅軍であった。延安長征した後の彼は『遊撃戦論』などの著作の中で、それまでのマルクス主義における革命戦術の唯一の公式となっていた都市プロレタリア蜂起戦術を批判し、山岳を根拠地とする農村ゲリラ戦術を理論化し、国共内戦と日中戦争で実践した。背景には中国史に数ある農民反乱の伝統があったが、毛沢東は単純に農民の数をあてにするのではなく、険阻な山岳に士気の高いゲリラ軍が入って長期抗戦の態勢を整え、それを一般の農民が支援するというスタイルを編み出す。

第二次世界大戦では、中華民国ポーランドユーゴスラビアギリシャソ連フランススロバキアフィリピンベトナムイタリアムッソリーニの失脚後)など、枢軸国の侵攻を受けた諸国で占領軍に対するゲリラ戦が展開され、ヨーロッパのゲリラは、特にレジスタンス運動パルチザンと呼ばれた。これらのゲリラの主任務は、連合国軍の正規軍と連携し、戦線の後方で破壊活動諜報活動をすることであった。ただし、中国とユーゴスラビアのゲリラは山岳地から勢力を拡大して都市の争奪にまで乗り出した。大戦末期にソ連軍東欧バルト三国を占領すると、枢軸軍と戦っていたゲリラは国民の解放を求めてソ連軍相手にゲリラ戦を続け、ウクライナリトアニアエストニアラトビアではウクライナ蜂起軍や森の兄弟による抵抗運動が戦後も暫く続いた。

第二次大戦後、脱植民地化時代に入ったアジアアフリカ植民地低開発国では、社会主義の思想的影響の下で独立運動や反帝国主義闘争が盛んになった。中国では、日中戦争中から日本軍に対するゲリラ戦を優位に進め、第二次国共内戦に勝利した毛沢東の中国共産党1949年中華人民共和国を建国し、社会主義圏(東側諸国)に加盟した。その中で、宗主国を相手に独立戦争を開始する人々も現れた。独立戦争のほとんどはゲリラ戦の形をとり、中でもアルジェリア独立戦争第一次インドシナ戦争ベトナム戦争では、フランツ・ファノンホー・チ・ミンヴォー・グエン・ザップを理論的指導者としたゲリラ戦が重要な役割を担った。

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『ゲリラ戦争』の著者、チェ・ゲバラ。アルベルト・コルダの撮影したこの写真のタイトルは、「英雄的ゲリラ」である

独立後、主としてアジアで、毛沢東主義の思想的影響を受けて社会主義革命を目指すゲリラが興ったが、大半が失敗し、中国の影響下にはないキューバフィデル・カストロチェ・ゲバラの反独裁ゲリラが成功をおさめた。その後、ラテンアメリカではキューバ革命の影響をうけて親米独裁政権軍事政権に反対するゲリラが起こされるが、後に世界各国のゲリラの教本にもなった『ゲリラ戦争』でゲバラ主義が標榜した、社会主義革命のために都市のプロレタリアによる蜂起ではなく、農村ゲリラ戦術を主要路線とするゲリラ闘争は、1967年10月にゲバラ自身がボリビアで戦死したことにより重大な挫折を来した。その後ラテンアメリカにおける革命運動は、1968年ペルーにおけるフアン・ベラスコ・アルバラード将軍の社会主義を標榜したクーデターや、1970年チリにおけるサルバドール・アジェンデ平和革命など、1973年9月11日にチリ革命がチリ・クーデターによって終焉するまで、ゲリラ闘争以外で社会主義を達成しようとする動きに移行したが、チリ・クーデター後にはIMF世界銀行による構造調整を受け入れた軍事政権に対して再びゲリラ戦争が開始された。この種のゲリラ闘争は1979年ニカラグアでのサンディニスタ革命など成功するものもあったものの、グアテマラ内戦の諸勢力やコロンビア革命軍センデロ・ルミノソのように多くは敗北するか、長引く内戦ですべての当事者が疲弊し、さらに冷戦が終結するとかつてゲリラ側が掲げていた社会主義の大義は大きく歪み、1990年代になるとその一部は麻薬取引に資金源を見出すようになった。

なお、ニカラグアコントラコロンビア右翼民兵組織(パラ・ミリタリー)のように、親米右派であり、アメリカ軍CIAに援助、教育を受けていた私兵組織もまた、ゲリラ戦(とテロリズム)を戦術として多用する事となった[2]。また、後掲のキプロスにおけるエノシス運動も、毛沢東などのゲリラ理論を踏まえたものであった。

また、同時期の世界的な脱植民地化の潮流の中でも、西ヨーロッパ最貧国であり新植民地主義を行うほどの実力を持たなかったポルトガルは植民地を手放さなかったため、ポルトガル領アフリカではアミルカル・カブラルアゴスティニョ・ネトエドゥアルド・モンドラーネサモラ・マシェルに指導された独立を目指すゲリラ部隊とポルトガル軍の戦いが続いた(ポルトガルの植民地戦争)。

My Tho, Vietnam. A Viet Cong base camp being. In the foreground is Private First Class Raymond Rumpa, St Paul, Minnesota - NARA - 530621 edit
ベトナム戦争の最中に炎上したベトコンの拠点(1968年4月5日

アジアとアフリカには、国内少数民族による独立要求が多くある。その一部もゲリラ戦の形で戦争を行っている。ただし、アルメニアに支援されたナゴルノ・カラバフ軍のように、経済的・政治的余裕があれば、ゲリラ戦よりも正規戦に堪える正規軍を編成する事の方が多い。南ベトナム解放民族戦線(いわゆるベトコン)にしても、ベトナム戦争後期(とくにテト攻勢以後)にはソ連・中国・北ベトナムの強力かつ弾力的な支援によって正規戦に堪えうる装備と部隊を獲得していたとする説もある。逆にヒズボラのように意図的に正規軍指向を持たず、あくまでも装備と兵力をゲリラ戦主体に留める組織もある。ただし、同組織はイランから強力な支援を得ており、シリアが事実上の補給拠点となっている。

さらに、強力な外国軍と戦うアラブゲリラがある。パレスチナ解放機構(PLO)などをはじめとするパレスチナのゲリラは、アラブ諸国第三次中東戦争イスラエルに敗北し、さらにエジプトサーダートがナセル主義から転向して1977年にイスラエルと和平を結ぶなど、アラブ民族主義路線に重大な挫折を来してから、イスラエル領内に越境攻撃を行った。パレスチナゲリラは、社会主義を理論的支柱としていたが、アフガニスタンでは1979年に侵攻して来たソビエト連邦に対して社会主義そのものの失墜もあり、従来ゲリラ戦術の理論的支柱だった社会主義ではなく、イスラム主義を背景としたムジャーヒディーンアメリカ合衆国の援助を受けてゲリラ戦で抵抗した。また、アラブ諸国の一つであるレバノンでは、シーア派イスラム原理主義組織ヒズボラが同国南部を占領していたイスラエル軍に対してゲリラ戦および自爆攻撃を展開し、2000年に同軍撤退という一定の成果を上げた。

メキシコでは、NAFTA発効の1994年1月1日に、多国籍企業の進出や補助金により圧倒的な競争力を持つアメリカ合衆国産の農産物(事実上のダンピング)の流入により、メキシコの農家やインディオ(先住民)に失業を宣告するようなこの協定の締結に対して、マヤ系先住民を主体としたサパティスタ民族解放軍(EZLN)が最貧州のチアパス州ラカンドンから反乱を起こした。EZLNは、従来のゲリラ戦術が目指した「国家権力の奪取」を目指さない全く新しい形のゲリラ闘争を繰り広げ、チアパス州にて自治を行っている。

21世紀に入り、対テロ戦争の文脈でアフガニスタン侵攻イラク戦争が勃発したため、イスラム主義者によるアメリカ合衆国や有志連合諸国に対するゲリラ戦がアフガニスタンイラクで展開されている。テロリズムをその闘争手段としたゲリラ組織には、タミル・イーラム解放のトラなどがあるが、対テロ戦争の開始以降は、テロリストという言葉はイスラム主義ゲリラと同義の言葉として濫用される傾向にある。

都市ゲリラ

都市ゲリラは、1960年代ブラジルカルロス・マリゲーラが提唱したもので、都市において軍隊警察に間断なく小襲撃を加えることである。ゲリラはふだんは住民にまぎれ、住民に匿われて潜伏している。都市ゲリラは、活動の開始時こそ世間の耳目を集めたが、小規模で散発的なテロリズムを超えることはなかった。例外的に成長したのがウルグアイツパマロスであったが、ウルグアイ政府が内戦状態を宣言するとこれも激しい弾圧を受けて頓挫し、いずれも名ほどの実を伴わない結果に終わった。先進国にも都市ゲリラを標榜し実行した組織は多いが、それだけで戦争の一類型というほどの規模になったものはない。

キプロス独立に際しては、ゲオルギオス・グリバス率いる、「エオカ」と呼ばれるギリシャへのキプロス併合をも求めるギリシャ人過激派が駐留英軍とその家族に対して攻撃を行い、後にトルコ系住民や独立運動に関心を示さないギリシャ系住民をも標的とした。キプロスは狭小な島国であり、長征のように敵の攻撃を避けて「逃げ回れる」土地は存在しない。また、併合運動の精神的・物質的な支えであるギリシャとは地中海をもって遠く離れており(トルコの方が近距離)、ギリシャからの効果的で絶え間ない軍事的支援を受ける事は実質不可能であった。このため、エオカはゲリラ戦というよりテロリズムに近い作戦を実行した。
作戦そのものは成功したが、彼らの本来の目標であるギリシャ併合は達成されなかった。また、独立後、こうした行動がトルコ系住民の反発と怒りを買い、トルコ系住民独自の民兵組織が結成された。エオカの後身(「エオカB」と呼ばれる)とトルコ系民兵組織は激しく衝突し、1974年にはトルコの軍事介入(こちらはキプロスと短距離である事を活かしての正規軍主体の上陸戦となった)とキプロス北部の占領によってトルコ系住民だけの国家「北キプロス・トルコ共和国」が建国され、キプロスは分断国家、という「副作用」に苦しめられる事になった。

国際法上の位置づけ

ゲリラ戦は、正規軍同士の戦争で劣勢が明白な側が、敗北を認めずに続行する延長戦として用いることが多い。強国にとってゲリラ戦は弱い敵を屈服させにくくする障害でしかない。しかし、弱者にとってゲリラ戦は侵略に対する有効な戦法であり、中にはゲリラ戦によって独立を勝ち取った国もある(インドネシア独立戦争など)。近代戦時国際法(国際人道法)の形成期には両者の対立があり、1874年のブリュッセル会議、1899年ハーグ会議で争われた。

この対立は、ゲリラ戦に従事した者が戦闘中、または非戦闘中に敵に捕らえられたときの捕虜待遇と直結するものである。ゲリラ戦否認はゲリラ兵を凶悪な殺人者として処刑して良いとする主張に道を開くが、ゲリラ戦を承認すればゲリラの戦闘参加が犯罪とみなされることはない。両者の妥協として生まれた諸条約は、基本的に後者の立場をとるが、民間人保護のために制限を課した。

ハーグ陸戦条約は、責任を持つ長を持ち、遠方から認識できる徽章を付け、公然武器を携行し、戦争の法規と慣例を遵守する民兵義勇兵は交戦者資格を持つと定めた(1条)。また、占領地の人民が敵の接近に際して軍を組織する暇なく公然武器を携行し、戦争の法規と慣例を遵守するときには、これもまた、交戦者資格を持つとした(2条)。条件は、非戦闘員たる住民と戦闘員たるゲリラ兵を区別し、一般住民を装って接近してから突如武器を取り出して攻撃を加えるような背信を防ぐ意義を持つ。

しかし、これらの条件は、満たすことが難しいだけでなく、満たした場合においても敵国から戦闘員としての権利を否認されることが多かった。ゲリラは、制服や徽章を着用していない場合が多く、着用していても敵に制服・徽章としての効力を否定されることが多かったからである。

第二次世界大戦後、植民地からの独立のためにゲリラ戦を遂行する組織に交戦者資格を与えようとする動きが高まり、ジュネーブ条約第一議定書で正規軍とゲリラに区別なく交戦者資格を与える規定が盛り込まれた。同議定書は、敵側の承認の有無にかかわらず政府・当局の下で武装され組織された集団を軍隊と定め、正規軍と非正規軍の区別を廃した(43条1項)。一般住民との区別のためには、攻撃準備行動中に敵に見られている間と交戦中に公然と武器を携行することを条件とした(44条)。

この拡張を勘案しても、都市ゲリラが戦闘員として認められる余地はほとんどない。条約が課した条件を満たさない状態で戦闘した兵士が敵に捕らえられた場合、捕虜として遇されることはなく、その戦闘参加行為は犯罪として裁かれる。被捕縛者は、戦争犯罪者として扱われ、権限のある裁判所に後送して、その処遇を決定する[3]。ゲリラの嫌疑をかけたれた文民は、法的には文民とみなされる(第一追加議定書第50条第1項)。また、独立性および公平性を有する裁判所に下された有罪判決によらずして、刑を執行してはならない(第二追加議定書第6条第2項)。

ゲリラ戦に関する古典

脚注

  1. ^ 「テロ、ゲリラ」を展開し暴力革命を目指す過激派 (PDF) 」 『焦点』第269号、警察庁、2004年9月、 p. 16、2009年10月30日閲覧。
  2. ^ 特異なケースであるものの、日本の三島由紀夫が主宰した民族派団体『楯の会』も(左翼革命発生時においての反動作戦としての)ゲリラ戦を研究対象としていた
  3. ^ 足立純夫『現代戦争法規論』(啓正社、1979年)187項、ジュネーヴ諸条約 (1949年)第三条約第五条第二項参照

参考文献

  • 山本純一『インターネットを武器にした“ゲリラ” 反グローバリズムとしてのサパティスタ運動』慶應義塾大学出版会 2002/09 (ISBN 4766409523)
  • 足立純夫『現代戦争法規論』(啓正社、1979年)

関連項目

ゲリラの突発的、あるいは神出鬼没な一面から作られた造語

AKB0048

『AKB0048』(エーケービー ゼロゼロフォーティエイト)は、サテライト制作による日本のSFアニメ。女性アイドルグループAKB48をモチーフにしたテレビアニメとして、第1期が2012年4月から7月まで放送され、第2期(next stage)が2013年1月から3月まで放送された。

ウェザーニューズ

株式会社ウェザーニューズ(英: WEATHERNEWS INC.)は、千葉県千葉市美浜区に本社・グローバルセンターを置く日本の気象情報会社(予報業務許可事業者)である。

コロンビア

コロンビア共和国

República de Colombia

国の標語:Libertad y Orden (スペイン語: 自由と秩序)

国歌:コロンビアの国歌(ああ、不滅の栄光よ!)

コロンビア共和国(コロンビアきょうわこく、スペイン語: República de Colombia)、通称コロンビアは、南アメリカ北西部に位置する共和制国家。東にベネズエラ、南東にブラジル、南にペルー、南西にエクアドル、北西にパナマと国境を接しており、北はカリブ海、西は太平洋に面している。首都はボゴタ。

コロンビアの人口は、ブラジル、メキシコに続きラテンアメリカで第3位である。コーヒー、エメラルド、バラの産地である。

チェ・ゲバラ

エルネスト・ゲバラ(Ernesto Guevara、1928年6月14日 - 1967年10月9日)は、アルゼンチン生まれの政治家、革命家で、キューバのゲリラ指導者。

「チェ・ゲバラ(Che Guevara)」の呼び名で知られるが、「チェ」は主にアルゼンチンやウルグアイ、パラグアイで使われているスペイン語(リオプラテンセ・スペイン語をはじめとする諸方言)で「やぁ」「おい」「お前(親しみを込めた)」「ダチ」といった砕けた呼び掛けの言葉であり、ゲバラが初対面の相手にしばしば「チェ。エルネスト・ゲバラだ」と挨拶していたことから、キューバ人たちが「チェ」の発音を面白がり付けたあだ名である。ラテンアメリカではキューバ革命以降「チェ」もしくは「エル・チェ (El Che)」(「el」男性定冠詞単数形)といえば彼のことを指す。

バスク・オム

バスク・オム (Bask Om) は、アニメ『機動戦士Ζガンダム』、OVA『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』などに登場する架空の人物(声:郷里大輔)。

パルチザン

パルチザン(Partisan、Partizan)とは、イタリア語のpartigianoからきたフランス語で、占領軍への抵抗運動や内戦・革命戦争といった非正規の軍事活動を行なう遊撃隊およびその構成員を指す単語である。ゲリラの類義語である。パルチザンの概要については、パルチザン (軍事)を参照。

パルチザン (ロシア内戦) - ロシア革命後のロシア内戦における赤軍の別働隊。

パルチザン (イタリア) - イタリア王国時代におけるファシズム体制への抵抗運動のうち、特に武力による抵抗活動。

赤軍パルチザン - 第二次世界大戦中の独ソ戦時、ソビエト連邦のナチス・ドイツ占領地域における抵抗活動。

パルチザン (ユーゴスラビア) - 第二次世界大戦中のユーゴスラビアにおける抵抗活動のうち、ユーゴスラビア共産党によって組織されたもの。

パルチザン (ギリシャ) - 第二次世界大戦中のギリシャにおける抵抗活動。

パルチザン (アルバニア) - 第二次世界大戦中のアルバニアにおける抵抗活動。

抗日パルチザン - ロシア内戦から第二次世界大戦までの朝鮮独立を目指した共産主義系非正規軍。

森林パルチザン - 反イギリス、ロシアの民族解放闘争を行ったイランのムスリム民族主義者、クーチェク・ハーン指導下の「ジャンギャリー運動」の通称。

パルチザン・ベオグラード - セルビアのベオグラードを本拠地とするサッカークラブの名称。パルチザン (ユーゴスラビア)にちなんで命名。

パルチザン (武器) - 槍の一種。70~80cmの幅広大型な三角形の穂先を付けた長槍で、全長は150~200cmほど。斬る・突く機能に特化した作りをしており、刃の部分にほとんどの重量が集約されているので、特に斬撃において非常に高い性能を持つ。名前はパルチザン(ゲリラ)によく用いられたことに由来する。後にヨーロッパ各国の正規軍にも採用されるようになり、今日でもバチカンのスイス衛兵隊の装備の一つとして、またイギリスの近衛兵(ヨーマン・オブ・ザ・ガード)やロンドン塔を警備するヨーマン・ウォーダーズの制式兵装として使用され続けている。

パルチザン (城) - 中世ヨーロッパの城の隅に監視哨として建設された小塔。

ペルー

ペルー共和国

República del Perú(スペイン語)Piruw Republika(ケチュア語)Piruw Suyu(アイマラ語)

国の標語:Firme y feliz por la unión(スペイン語: 団結による安定と幸せ)

国歌:ペルーの国歌(我等は自由に、常にそうあらんことを)

ペルー共和国(ペルーきょうわこく、スペイン語: República del Perú、ケチュア語族: Piruw Republika、アイマラ語: Piruw Suyu)、通称ペルーは、南アメリカ西部に位置する共和制国家。首都はリマ。

北にコロンビア、北西にエクアドル、東にブラジル、南東にボリビア、南にチリと国境を接し、西は太平洋に面する。

紀元前から多くの古代文明が栄えており、16世紀までは当時の世界で最大級の帝国だったインカ帝国(タワンティン・スウユ)の中心地だった。その後スペインに征服された植民地時代にペルー副王領の中心地となり、独立後は大統領制の共和国となっている。

Peruvian Food

レジスタンス運動

レジスタンス運動(レジスタンスうんどう、仏: Résistance、英: Resistance)は、権力者や占領軍に対する抵抗運動を指す用語である。レジスタンス集団(レジスタンスしゅうだん)とも称される。

ロケーション撮影

ロケーション撮影(ロケーションさつえい)とは、映画・テレビドラマ・バラエティなどの製作に際し、機材などを撮影現場に持ち出して行う撮影のこと。

本項では現場の責任者に無許可での撮影を意味するゲリラ撮影についても記述する。

ヴァンデの反乱

ヴァンデの反乱(ヴァンデのはんらん、仏: Rébellion Vendéenne)は、フランス革命期に発生したカトリック王党派の反乱である。ヴァンデ戦争(仏: Guerre de Vendée)とも言う。王党派を白軍(白服)、共和国側を青軍(青服)と言って区別した。

1793年3月、30万人募兵令に反発する農民たちの蜂起によって、フランス西部ヴァンデ地方を中心に一気に広がり、フランス革命戦争でも苦戦していた国民公会を危機に陥れた。しかし共和国軍が反撃に転じるとカトリック王党軍はロワール川の北に追い詰められ、1794年12月のル・マン、サヴネの戦いの敗北によって組織的抵抗は壊滅した。

以後は少人数によるゲリラ戦に変化して長く不毛な戦いが続いた。ヴァンデ側の指導者は相次いで死亡して、1796年7月にはオッシュ将軍によって鎮圧宣言が出され、寛容令もあって宗教的動機をもった農民の反乱は終息に向かったが、今度は外国に援助された王党派亡命貴族が抵抗を継続した。コンコルダートを結んで和解を進めた第一統領ナポレオンが 1801年に正式に終結させた後も、彼らの活動は続いた。

正確な数は不明だが、犠牲者は30~40万ともいわれる。ブルターニュ、メーヌ、アンジュー、ノルマンディーで発生したゲリラ組織「シュアヌリ(ふくろう党)の反乱」と結びついており、これらの反乱は時に『西部戦争(仏: Guerres de l'Ouest)』と総称される。

半島戦争

半島戦争(はんとうせんそう、1808年 - 1814年、英: Peninsular War(半島戦争)、西: Guerra de la Independencia Española(スペイン独立戦争)、葡: Guerra Peninsular(半島戦争)、仏: Guerre d'Espagne(スペイン戦争)、カタルーニャ語: Guerra del Francès(フランス戦争))は、ナポレオン戦争中イベリア半島でスペイン軍、ポルトガル軍、イギリス軍の連合軍とフランス帝国軍との間に戦われた戦争である。日本ではスペイン独立戦争またはスペイン反乱としても知られている。この戦争は「ハンマーと金敷」の役に擬えられている。すなわち「ハンマー」とはアーサー・ウェルズリーに率いられた4万から8万の軍勢からなる英葡軍であり、それによって金敷であるスペインの軍とゲリラとポルトガルの民兵軍の上でフランス軍が打ちのめされたのである。

戦争はイベリア半島の性質に大きく左右された。土地が貧しいイベリア半島では大軍が侵攻しても侵攻先の食料が足りないためその軍を養うのが難しく、フランス軍はピーク時で30万を数えたものの、軍を集結させることができなかった。小部隊による幾つかの地域で限られた期間での戦闘を求められ、決定的な結果を出すのには困難を極めた。

この戦争はスペインとポルトガルの社会的、経済的構造を破壊し、1850年まで続く大規模な内戦と半島戦争で訓練された将校に導かれた荒れ狂う解放の時代のさきがけになった。また、この戦争をきっかけにしてポルトガル、スペインの植民地だったラテンアメリカに独立運動が起きた。

南ベトナム解放民族戦線

南ベトナム解放民族戦線(みなみベトナムかいほうみんぞくせんせん、ベトナム語: Mặt trận Dân tộc Giải phóng miền Nam Việt Nam / 𩈘陣民族解放沔南越南)は、南ベトナムで1960年12月に結成された反サイゴン政権・反米・反帝国主義を標榜する統一戦線組織。

略して解放戦線と呼ばれたが、ベトナムコンサン(ベトナム語: Việt Nam Cộng sản / 越南共産)を略したベトコン(ベトナム語: Việt Cộng / 越共)と通称されることも多い。南ベトナムの民衆はおろかサイゴン政権の要人にも秘密メンバーを獲得していたことでも知られており、今なお構成員だったことを公表していない人々が多数存在している。

機動戦士ガンダムSEED FRAME ASTRAYS

『機動戦士ガンダムSEED FRAME ASTRAYS』(きどうせんしガンダムシード フレイムアストレイズ)は、シナリオ:千葉智宏、作画:ときた洸一によるフォトストーリーと漫画作品。『電撃ホビーマガジン』(アスキー・メディアワークス)で連載された『機動戦士ガンダムSEED ASTRAYシリーズ』の第5作。

機動戦士ガンダム 第08MS小隊の登場人物

機動戦士ガンダム 第08MS小隊の登場人物(きどうせんしガンダム だいゼロはちエムエスしょうたいのとうじょうじんぶつ)では、OVA『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』に登場する、架空の人物を、所属勢力別に五十音順に列挙する。

歩兵

歩兵(ほへい、英: Infantry)は、軍隊における兵科の一つであり、戦場を徒歩で行動する兵士、また、戦場にたどり着くまでは馬や自動車などさまざまな移動手段を用いても戦場において徒歩であれば歩兵である。最古かつ最も基本的な兵科であり、歩兵の存在しない軍隊は古今東西存在しない。最も柔軟性の高い兵科でもあり、あらゆる戦場で姿を見ることができる。自衛隊用語では普通科という。

いかに軍の機械化が進んでも、諸兵科連合を構成したり、都市・拠点を確保したりするのには歩兵の存在が不可欠である。近年は非対称戦への要求が高まり、占領地の治安維持や平和維持活動に従事する特別な訓練を受けさせた歩兵の需要が増している。

民兵

民兵(みんぺい、英: militia ミリシア、ミリシャ、ミリティア)は、正規の軍人ではない民間人を軍事要員として編成した武装組織のこと。

軍事

軍事(ぐんじ、英語: Military affairs、ラテン語: Res militaris レース・ミーリターリス)とは戦争、軍人、軍隊などに関する事柄の総称である。

過激派

過激派(かげきは、英語: extremist)とは、過激な言動をとる、人物または集団のこと。この場合の「過激」は、各種の直接行動、実力行使、暴力行為、ゲリラ、テロリズム、暴力革命、武装蜂起、恐怖政治などを含む場合もある。類似語や関連語は急進派、武闘派、原理主義など。対比語は穏健派、改良主義など。

「過激派」と呼ばれる集団は、あらゆる時代の、政治、宗教、人権問題、労働問題、動物愛護、市民運動、環境保護など主張の存在する様々な分野に存在しているが、「過激派」の定義や範囲は相対的なものであり、時代や立場によっても変化している。

革命家

革命家(かくめいか、英: revolutionary)は、政治的、社会的な革命を遂行するために力を尽くす政治運動家、ゲリラ指導者。漸進的で穏健な社会変革を目指す改革派(英: reformist)とは方法論において対をなす。

一般に肯定的な意味合いの用語であって、同じ人物でも保守や反対派からはテロリストと否定的に呼ばれることもある。この反対派に対する否定的な呼称は反革命、反動となる。

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