エジプト語

エジプト語(エジプトご)とは、古代エジプト時代からイスラームの征服によってエジプトがアラブ化されるまでの間エジプトで用いられていた言語。アフロ・アジア語族に属する。ヒエログリフやそれを崩した文字、コプト語時代はコプト文字で書かれた。現在はコプト語が主として典礼言語として用いられており、数家庭のみこれを母語として伝承している[1]

最も古いエジプト語で記された記録は、紀元前3200年頃のもので、これは書かれた人間の言語の記録としても最古のものに属する。コプト語は17世紀頃まで日常言語として使用する話者が存在していたが、それ以降はエジプトにおける日常語はアラビア語エジプト方言に完全に取って代わられた。しかし、上エジプトの隔絶地に19世紀頃まで話者が存在していたという研究者もいる[1]

エジプト語
r n km.t
r
Z1
nkmmt
O49
話される国 -
地域 古代エジプト
話者数 死語
コプト・エジプト語として母語話者数十名・限定的用途の第二言語として数百人~数千人
言語系統
表記体系 ヒエログリフヒエラティックデモティックコプト文字
言語コード
ISO 639-1 なし
ISO 639-2 egy
ISO 639-3 egy
Linguist List egy

時代区分

エジプト学の研究者はエジプト語に大きく以下の6つの時代区分を設けている。

  • 初期エジプト語 (Archaic Egyptian/Pre-Old Egyptian)(紀元前3200年 - 紀元前2600年頃)
  • 古エジプト語 (Old Egyptian)(紀元前2600年 – 紀元前2000年頃)
  • 中エジプト語 (Middle Egyptian)(紀元前2000年 – 紀元前1300年頃)
  • 新エジプト語 (Late Egyptian)(紀元前1300年 – 紀元前700年頃)
  • デモティック期 (Demotic)(紀元前7世紀 – 紀元5世紀頃)
  • コプト語 (Coptic)(紀元4世紀 – 17世紀頃)
Papyrus Ebers
エーベルス・パピルス(エジプト語で書かれた医学文書。喘息の治療法について書かれた部分。文字はヒエラティック。)

エジプト語による最古の記録は紀元前3200年頃のものである。およそ新石器時代からエジプト初期王朝時代に残された碑文等の記録をまとめて初期エジプト語と呼ぶ。

古エジプト語は、エジプト古王国時代からエジプト第1中間期まで、紀元前2600年頃から500年以上にわたって使用されたエジプト語である。残された記録としては、ピラミッドの玄室の側面に記された神々への祈祷文『ピラミッド・テキスト』(Pyramid Texts) や、墓の壁面に記された故人の自伝的内容の文章等が代表的なものである。中エジプト語との差異はほとんど見られないが、ヒエログリフの表記に関して、名詞の複数形を表すのに表意文字限定符等が3つ繰り返される点など、古エジプト語ならではの特徴的な表記法は見られる。

中エジプト語は、紀元前2000年頃から700年以上にわたり使用され、後に新エジプト語に取って代わられた。しかし中エジプト語はエジプト語における古典的な文体と位置づけられ、紀元2世紀から3世紀頃まで書記言語として使用され続けた。

デモティック・エジプト語(民衆語)は、紀元前650年頃から紀元5世紀頃まで、日常言語として話されていたエジプト語である。

コプト・エジプト語(コプト語)は、紀元4世紀以降のエジプト語を指す。17世紀までは日常言語として使用している話者がおり、ルネサンス期にはヨーロッパの学者達がエジプトを訪れ、母語話者からコプト語を習っていたほどである。エジプトでも地方では、その後も数世紀の間は話し言葉として生き残っていた可能性がある。今日では、コプト正教会において典礼言語としてボハイラ方言が用いられている。

古、中、新のそれぞれのエジプト語の表記に使用された文字は、ヒエログリフまたは、ヒエログリフの崩し字体であるヒエラティックである。デモティックは、ヒエラティックがさらに簡略化された字体で、文字は右から左へと書かれた。コプト語の表記に使用されたのはコプト文字である。これはギリシア文字に、ギリシア語にはないエジプト語の発音を表す、デモティックを素にした文字を加えたものである。

また、文法における統合性の観点から、古エジプト語、中エジプト語を早期エジプト語、新エジプト語、デモティック・エジプト語、コプト・エジプト語を晩期エジプト語と分ける学者もいる。

エジプト語の言語構造

エジプト語の構造はアフロ・アジア語族に典型的な特徴を有している。すなわち、アラビア語ヘブライ語など、他のアフロ・アジア語族の言語と同様、語彙の大半は語根と呼ばれる子音の組み合わせにより成り立っている。語根は大抵3つの子音から成り、例えば nfr という語根は「良い」、「美しい」などの意味を持つ。語根には、「太陽」(/ʕ/有声咽頭摩擦音)のように2つの子音から成る語根もあるが、まれに sḫdḫd 「逆さまになる」のように、5つも子音が組み合わされているものも存在する。これらの語根に、母音や接辞などの他の子音が組み合わされることにより、語根の意味に関係する様々な語が形成されるのである。しかし、他のアフロ・アジア語族の言語同様、エジプト語においても母音は文字で表記されなかったため、今日、エジプト語の個々の単語の発音を正確に知ることはできない。例えば、"ankh" という語は、どの母音が組み合わされたかによって「生命」、「生活する」、「生きている」など、さまざまな単語になりうるのである。また、エジプト語のローマ字転写に見られる、a, i, そして u も、本来は全て子音を表している。例えば有名なツタンカーメン王のエジプト語の表記は、twt-ʕnḫ-ỉmn である。学者たちはこれらの子音に仮の音価を割り当て(一部の子音には仮の音価として母音を割り当て)、便宜的な発音を定めたのである。もちろん、このようなエジプト語の人工的な発音方式は、エジプト人が当時発音していた実際の音価とは異なるものであり、実際の音価についてはさまざまな議論が行われている。

エジプト語で区別されている子音は、両唇音唇歯音歯茎音硬口蓋音軟口蓋音口蓋垂音咽頭音、そして声門音であり、アラビア語に類似している。

中エジプト語の基本的な語順VSO型である。「男が戸を開ける」という文は、エジプト語では wn s ˁȝ となり、前から順番に逐語訳すると「開ける・男・戸」となる。

エジプト語の単語の形態的な特徴としては、セム語派の言語に見られるような名詞のstatus constructusという語形変化が挙げられる。後の名詞が前にある名詞の属格として置かれた際、前の名詞の母音や語尾が特別な形になるという語形変化である。初期のエジプト語には冠詞がなかったが、新エジプト語の時代に , , のような冠詞が出現した。また、他のアフロ・アジア語族の言語同様、名詞には男性と女性の文法上の性と、単数、双数、複数の3つの文法上の数がある。

書記体系

「ヒエログリフ」の
ヒエログリフでの表記
sš n mdw nṯr
𓏟𓈖𓊹𓌃𓏪
Y4nR8S43Z1
Z1
Z1
Papyrus Ani curs hiero
草書体のヒエログリフで書かれたパピルス文書『アニの教訓』の一部

現存しているエジプト語の記録で一番多いのは、ヒエログリフで記された石碑などである。しかし、それよりはるかに多くの文書がヒエラティックやデモティックなどで、パピルスに記されていたが、パピルスは石碑に比べ耐久性に乏しく、ほとんどが失われてしまったと思われる。エジプト第19王朝からエジプト第20王朝の頃にパピルスに書かれた『死者の書』のような宗教文書には、草書体のヒエログリフが使用されている。草書体は、石碑などに刻まれたヒエログリフに比べ簡略化されているが、ヒエラティックほどには崩れていない書体で、彫られたヒエログリフには多用されている合字は省略されている(右画像参照)。ヒエラティックには「石工のヒエラティック」(lapidary hieratic) と呼ばれ、石碑などに彫られたものもある。エジプト語の発展史の最終段階にコプト文字が現れ、他の書記体系に取って代わった。ヒエログリフはエジプト語で sš n mdw nṯr と表記され、「神々の言葉の文字」という意味である。ヒエログリフには2通りの使用法があった。1つは表意文字としての使用で、描かれている対象物そのものを文字が意味するものである。もう1つは、描かれた対象物の音価を仮借して、同じ音価の別の概念を意味するものである。

音韻

エジプト語の子音の音素は再建されてはいるものの、正確な音価は分からない部分も多く、さまざまな分類方法が試みられている。また、エジプト語の子音には有声無声の区別に加え、他のセム語派の言語に見られるような強調子音の区別もある。

エジプト語が使用された期間は2,000年以上に及び、原エジプト語と新エジプト語の間の時間的な隔たりは、古ラテン語と現代のイタリア語の間の隔たりに相当する。その間、音韻にも相当の変化が起こったと考えるのが妥当であり、表記上の誤りに、そのような発音の変化を示す証拠と思われるものもある。

母音は文字上に表記されなかったため、エジプト語の母音体系の再建はさらに不確かなものになっている。しかし、エジプト語の中では唯一母音が表記されているコプト語や、エジプト語の人名のギリシア語への音訳など、他の言語に音訳された資料を基に一部判明しているものもある。そのようにして再建された「実際の発音」は、少数のエジプト語の専門家により使用されることはあるが、通常は便宜的にエジプト学において定められた発音方式を使用するのが一般的である。

破裂音
  両唇音 歯茎音 硬口蓋音 軟口蓋音
無声音
p
p
t
t
T
(tj, č)
k
k
有声音
b
b
g
g
強調音
d
d
D
(dj, č̣)
q
q ()
摩擦音
唇歯音 歯茎音 軟口蓋音 咽頭音 声門音
f
f
s
s (ś)
S
š
X
H
h
h
z
z
x
(x)
a
ʿ (ˁ)
A
(ȝ)

sz の区別は中王国時代に消滅していった。

ʿ (ˁ) は古王国時代には /d/ であったが、中王国時代に咽頭音に変化したものと考えられている。セム語の咽頭音に倣って「エジプト語の"ع"(アイン)」と呼ばれている。

がどのように区別されていたかについては議論があるが、有声と無声の対立のようなものであると考えられている。

(ȝ) はしばしば「エジプト語の "アレフ (Aleph)"」(声門閉鎖音)と呼ばれ、古い時代の r あるいは l の音素の名残であるとも考えられている。

i

[ı͗], おそらく声門閉鎖音 ([ʔ])

ii

y ([ı͗ı͗]) [j]

w

w, [w] または [u]

鼻音
m

m

n

n

流音
r

r

/l/n, r, j, nr または ȝ で表記されたり[2]、ライオンの形の2子音文字 rw で表記された。

声門閉鎖音 エジプト語のアレフ ( / ȝ) はもともと、歯茎接近音 /ɹ/ であった可能性もある。

エジプト学における発音方式

上述のように現在エジプト語を発音する際は、エジプト学の研究者たちによって定められた便宜的な発音方式が用いられる。その発音方式では、それぞれの子音に仮の音価が定められ、そこに仮の母音を挿入して発音する。「エジプト語のアレフ / ȝ」と「アイン ʿ / ˁ」は本来別々の子音を表しているが、ともに /a/「ア」の母音として発音する。また、y は母音 /i/「イ」として、w は母音 /u/「ウ」として発音する。それ以外の子音と子音の間には母音 /e/「エ」を挿入して発音する。例えば、王名のラムセスのエジプト語の表記は、[Rˁ-ms-sw] であるが、上記の規則に従えば「ラー・メセスウ」(Ra-mesesu) という発音になる。意味は、「太陽神ラーが彼を生み出した」である。

コプト語への変化

古典的なエジプト語の子音のコプト語への変化は概ね下のとおり。

中エジプト語の子音 コプト語(サヒド方言)の子音
(ȝ) y, i
t
t, d
k k, g
, , š š, , h,

文法

他の多くのアフロ・アジア語族の言語と同様、古、中エジプト語の語順はVSO型であったが、新エジプト語の時代に変化が起こり、コプト語ではSVO型になっている。以下は、エジプト語の中でも古典的言語として使用され続けた中エジプト語を中心に述べる。

名詞

エジプト語の名詞は、男性と女性の文法上の性に分類され、女性名詞は語尾に女性マーカーの -t が表示される。単数、双数、複数の3つの文法上の数にも分類され、男性名詞では、複数形の語尾には -w, 双数形の語尾には -wy のマーカーが付き、女性名詞では、複数形の語尾には -wt 双数形で -ty のマーカーが表示される。

定冠詞や不定冠詞はなかったが、新エジプト語の時代に現れて、その後は広く使用されるようになった。

代名詞

エジプト語には3種類の人称代名詞がある:「接尾代名詞」(suffix)、「従属代名詞」(dependent)、そして「独立代名詞」(independent) である。また、動詞の不定詞に接尾して存在動詞を形成する語尾があるが、これを「4種類目の人称代名詞」[3]とする説もある。3種類の人称代名詞は下のとおりである。

接尾代名詞 従属代名詞 独立代名詞
1人称単数 -ı͗ wı͗ ı͗nk
2人称単数男性 -k tw ntk
2人称単数女性 -t tn ntt
3人称単数男性 -f sw ntf
3人称単数女性 -s sy nts
1人称複数 -n n ı͗nn
2人称複数 -tn tn nttn
3人称複数 -sn sn ntsn

下は指示代名詞の一覧である。

男性名詞に付く 女性名詞に付く 複数名詞に付く
pn tn nn "この、その、これらの、それらの"
pf tf nf "あの、あれらの"
pw tw nw "この、その、これらの、それらの"(古い形)
"この、その、これらの、それらの"(口語表現、新エジプト語では通常の表現)

最後は疑問代名詞の一覧である。

mı͗ "誰? 何?" (従属代名詞として使用)
ptr "誰? 何?" (独立代名詞として使用)
ı͗ḫ "何?" (従属代名詞として使用)
ı͗šst "何?" (独立代名詞として使用)
sı͗ "どの?" (独立・従属代名詞どちらとしても使用)

動詞

エジプト語の動詞の形態は、定動詞と非定形の2種類に分類される。定動詞は様々な接辞により、人称(時制)、(能動・受動)を表す。定動詞の代表的な変化形に「sḏm.f形」と「sḏm.n.f形」がある。sḏmは、動詞「聞く」、-f は3人称単数男性の接尾人称代名詞で、「彼は聞く(聞いた)」という意味になるが、ここでの sḏmや –f は、動詞と人称接尾辞の代表として挙げられているものである。通常「sḏm.n.f形」は完了した行為を表し、「sḏm.f形」は状況により、完了、未完了いずれかを表す。非定形の動詞の形態には不定詞分詞がある。不定詞は動詞を名詞化したもので、分詞は形容詞化したものである。このようなエジプト語の動詞変化は、その形態がはっきりと文字上に現れないものが多い。また、エジプト語の母音を表さない表記法とも相まって、文脈から判断する必要がある。

形容詞

形容詞は、修飾する名詞の数・性に一致する。

例: s nfr「よい男」に対し、st nfrt「よい女」。

また、名詞を修飾する場合、形容詞は名詞の後に置かれる。

例: nṯr ˁȝ「偉大な神」。

しかし、形容詞が述語となる文(句)では、主語である名詞の前に置かれる。

例: ˁȝ nṯr「神は偉大なり」。

前置詞

エジプト語には名詞の前に置かれる前置詞が数多くあり、下はその例である。

m "~で、に、から(場所・時)、~(の資格)として、~とともに"
n "~に(人)、~のために、~の"
r "~に(人・場所)、~について、~より(比較)"
ı͗n "~によって"
ḥnˁ "~とともに"
mỉ "~のように"
ḥr "~の上に"
ḥȝ "~の後に、~の周りに"
ẖr "~の下に、~しながら(動詞の不定詞とともに)"
tp "~の上に"
nt "~の前に"
ḏr "~以来"

副詞

エジプト語の副詞は文末に置かれる。

例: šm.n. nṯr ỉm 「神がそこへ行った」、(ỉm) 「そこへ」が副詞である。

下はよく使われるエジプト語の副詞の例である。

ˁȝ "ここに(で、へ)"
ı͗m "そこに(で、へ)"
ṯnỉ "どこに(で、へ)"
sy-nw "いつ"(直訳は "どの・時")
mı͗-ı͗ḫ "どのように"(直訳は "何・のように")
r-mı͗ "なぜ"(直訳は "何の・ために")

脚注

  1. ^ a b Coptic language's last survivors Daily News Egypt
  2. ^ another interpretation is suggested by Christopher Ehret: Reconstructing Proto-Afroasiatic (Proto-Afrasian): Vowels, Tone, Consonants, and Vocabulary. University of California Publications in Linguistics 126, California, Berkeley 1996. ISBN 0520097998
  3. ^ Loprieno 1995, p. 65

参考文献

概論

  • Loprieno, Antonio, Ancient Egyptian: A Linguistic Introduction, Cambridge University Press, 1995. ISBN 0-521-44384-9 (hbk) ISBN 0-521-44849-2 (pbk)

文法

  • Allen, James P., Middle Egyptian - An Introduction to the Language and Culture of Hieroglyphs, first edition, Cambridge University Press, 1999. ISBN 0-521-65312-6 (hbk) ISBN 0-521-77483-7 (pbk)
  • Collier, Mark, and Manley, Bill, How to Read Egyptian Hieroglyphs : A Step-by-Step Guide to Teach Yourself, British Museum Press (ISBN 0-7141-1910-5) and University of California Press (ISBN 0-520-21597-4), 共に 1998.
  • Gardiner, Sir Alan H., Egyptian Grammar: Being an Introduction to the Study of Hieroglyphs, Griffith Institute, Oxford, 3rd ed. 1957. ISBN 0-900416-35-1
  • Hoch, James E., Middle Egyptian Grammar, Benben Publications, Mississauga, 1997. ISBN 0-920168-12-4
  • 吉村 薫, ヒエログリフ入門 古代エジプト文字への招待, 株式会社弥呂久, 1988. ISBN 978-4946482007

辞書

  • Faulkner, Raymond O., A Concise Dictionary of Middle Egyptian, Griffith Institute, Oxford, 1962. ISBN 0-900416-32-7 (hardback)
  • Lesko, Leonard H., A Dictionary of Late Egyptian, 4 Vols., B.C. Scribe Publications, Berkeley, 1982. ISBN 0-930548-03-5 (hbk), ISBN 0-930548-04-3 (pbk).
  • Shennum, David, English-Egyptian Index of Faulkner's Concise Dictionary of Middle Egyptian, Undena Publications, 1977. ISBN 0-89003-054-5

オンライン辞書等

関連項目

外部リンク

アドベ

アドベ(スペイン語: Adobe)またはアドービ(英語発音)とは、砂、砂質粘土とわらまたは他の有機素材で構成された天然建材である。これらの有機素材を木製の型枠を使って日なたで干すことでレンガの形にして使われ、ヨーロッパのコブや日干しレンガによく似ている。アドベの構築物は非常に耐久性に富み、地球上に現存している最古の建築物によく使われている。アドベ建築物は熱を吸収してから非常にゆっくりと放出するため、建築物の内部は涼しいままに保たれ、暑くて乾いた気候に適している。

日干しの土で作られた建築物は、中東や北アフリカ、そしてスペイン(通常ムデハル様式)で一般的だが、アドベは数百年もの間、アメリカ合衆国南西部(プエブロ)、中央アメリカ、そして南米のアンデス山脈の地域の、アメリカ大陸の先住民によって使われてきた(ただ、しばしば多量の石もプエブロの建築物の壁に使われている)。このレンガの製作法は、16世紀にメキシコとペルーを探険したスペイン人によって輸入された。通常のレンガのサイズのものから、大きいもので1、2ヤード(0.91~1.82m)の長さのものまであるのが特徴である。

アドベ(Adobe)という単語は、4000年間もの間発音と意味に驚くほど小さな変化をきたしながら伝えられている。紀元前2000年の中期エジプト語の単語"dj-b-t"が「泥の(または日干しの)レンガ」を意味し、中期エジプト語が後期エジプト語、民衆文字(デモティック)、最終的にはコプト・エジプト語(およそ紀元前600年)へと変化するにつれ、"dj-b-t"は「トベ」("tobe"、「泥のレンガ」)になった。これはアラビア語の"トゥーブ"(طوب、"レンガ")に発展し、これにアラビア語の定冠詞「アル」(ال)をつけた「アットゥーブ」(الطوب)が古スペイン語に取り入れられ、"泥のレンガ"という意味のアドベ(adobe)となった。英語の語彙には、18世紀初めにスペイン語から導入されて現在に至っている。

現代の用法においては、用語"アドベ"は、北アメリカの砂漠気候地帯、とりわけニューメキシコ州でのプエブロの伝統建築を模倣した一般的な建築物のスタイルを意味するようになった。なお、アメリカ合衆国の南西部にはアドベ以外の素材に「スタッコ仕上げ」(stucco)を施してアドベ建築と外見を合わせた「にせアドービ」(fake adobe)も存在する。

アヌビス

アヌビス(Anubis, エジプト語ラテン文字転写:inpu, 古代ギリシア語: Ἄνουβις (Ánūbis))はエジプト神話に登場する冥界の神で、リコポリスの守護神。「聖地の主人」(nb-ta-djsr)、「自らの山に居る者」(tpi-dju=f)、「ミイラを布で包む者」(imiut)などの異名を持つ。

アフロ・アジア語族

アフロ・アジア語族(アフロ・アジアごぞく、Afro-Asiatic)は、アラビア半島を中心とする西アジアおよび北アフリカに分布する語族。古くは「セム=ハム語族」(または「ハム=セム語族」)と呼ばれ、現在もこの語を使う学者もあるが、ひとつのまとまりをもつ「ハム語派」の存在は否定されている。

アペプ

アペプ(Apep)は、エジプト神話における悪の化身。古代エジプト語での名は他に、アーペプ(アアペプ、Aapep)、アペピ(Apepi)、アピペ(Apipe)、アポペ(Apope)などが挙げられる。古代エジプト語のヒエログリフは、母音を明確に記述しないため本来の発音は、はっきりしない。古典ギリシア語転記であるアポピス(’Αποφις, Apophis)でもよく知られる。

アメン

アメン(Amen、エジプト語ラテン文字転写:imn、古代ギリシア語: Ἄμμων, Ἅμμων、Ámmōn, Hámmōn)は、古代エジプトの太陽神。アモン(Ammon)、アムン(Amun)と表記されることもある。その名は「隠れた者」を意味する。オグドアドの一柱。

エジプト中王国

エジプト中王国(エジプトちゅうおうこく 紀元前2040年頃-紀元前18世紀頃)は、古代エジプト史の時代区分。第11王朝の王メンチュヘテプ2世(前2060年 - 前2010年)によるエジプト統一から、第12王朝の終了、または第13王朝終了(またはその治世の途中)までとする説がある。しかし、第13王朝についての情報が不完全であるため、明確な時代境界線を引くことは難しい。本記事では第11王朝によるエジプト統一から第13王朝の終了までを取り扱うが、この範囲について統一された見解が無い事に注意して頂きたい。

オシリス

オシリス(Osiris)は、古代エジプト神話に登場する神の一柱。オシリスとはギリシャ語読みで、エジプト語ではAsar(アサル)、Aser(アセル)Ausar(アウサル)、Ausir(アウシル)、Wesir(ウェシル)、Usir(ウシル)、Usire、Ausareとも呼ぶ。イシス、ネフティス、セトの4兄弟の長兄とされる。

コプト語

コプト語(英語: Coptic, コプト語: Ⲙⲉⲧⲣⲉⲙ̀ⲛⲭⲏⲙⲓ met rem en kīmi)もしくはコプト・エジプト語 (Coptic Egyptian) は、4世紀以降のエジプト語をさす用語である。この時期のエジプト語は当時のエジプトを統治していた東ローマ帝国の公用語であるギリシア語の影響を語彙・文法・表記などの面で強く受けており、この時代以降のエジプト語の言語体系にも基本的にそれが引き継がれているため、この時期を境にそれ以前のエジプト語と区別している。

一般的にはコプト語と呼ばれているが、コプト語という独立した言語が存在しているわけではなく、あくまでもエジプト語の一段階である。

最古級の聖書翻訳のいくつかを含むコプト語訳聖書、グノーシス思想の重要文献であるナグ・ハマディ写本、『ケファライア』を含むマニ教文献など、古代末期の宗教を知る上で重要な文献がこの言語で書かれている。

スカラベ

スカラベ(英: scarab)は、甲虫類のコガネムシ科にタマオシコガネ属の属名及びその語源となった古代エジプト語。単独の種名ではないため、いくつもの種が存在する。古代エジプト人が聖なる甲虫としていたのはヒジリタマオシコガネ(Scarabaeus sacer、スカラベ・サクレ)の事である。

テーベ

テーベ(古代ギリシア語: Θῆβαι, Thēbai)は古代エジプトの都市。古代エジプト語ではワセト(Waset)と呼ばれた。この都市は地中海から800キロメートル南、ナイル川の東に位置する。都市の遺跡は現代のエジプトの都市ルクソールの中に広がっている。テーベは上エジプト第4州(権杖のノモス Sceptre nome)の主要都市であり、新王国時代のエジプトの首都であった。テーベは貴重な鉱物資源と交易ルートがあるヌビアと東部砂漠に近接していた。この都市は信仰の中心であり、その全盛期にはエジプトで最も富裕な都市であった。テーベの市域には、カルナックとルクソールが本来立っていたナイル川東岸と、上流階級と王家の墓地と葬祭殿群によるネクロポリスがある西岸地区が含まれる。

デモティック

デモティック(Demotic)または民衆文字(みんしゅうもじ)は、古代エジプトでエジプト語を表記するのに使われた3種類の文字のうちの1つである。

古代エジプトでは石に刻むためのヒエログリフ(聖刻文字)と筆記用のヒエラティック(神官文字)の両方が並んで発達し、後にヒエラティックを崩した簡略文字であるデモティックが作られたと考えられる。ただし、デモティック書体で木や石に刻んだものも多く残っている。

デモティックは古くは紀元前660年に使われているのが見つかっており、紀元前600年には古代エジプトでは標準的な書体となったと見られている。4世紀にはエジプトでもギリシア文字を基にしたコプト文字が使われており、デモティックはそれ以後使われなくなった。現在見つかっているデモティックの最後の使用例は、紀元451年にフィラエ神殿の壁に刻まれたものである。

トート

トート(ギリシャ語:Θωθ;トト、テウトとも)は、古代エジプトの知恵を司る神。古代エジプトでの発音は、完全には解明されていないがジェフティ(エジプト語:ḏḥwty)と呼ばれる。

聖獣は、トキとヒヒ。数学や計量をつかさどる女神であるセシャトを妻(または妹)としている。

ヌビア

ヌビア (Nubia) は、エジプト南部アスワンあたりからスーダンにかけての地方の名称。古代エジプト語のヌブ(金)から古代ギリシア・ローマ人がそう呼んだのが始まり。アラビア語ではヌーバ。ヌビア語はレプシウスにより「黒人との混血」、ライニシュにより「原ハム語」、ヴェステルマンにより「スーダン系」とされてきたが、グリーンバーグ以降ナイル・サハラ語族の東スーダン語派とされている。

もともとエジプトとヌビアは同一の祖先から別れた国であった。ヌビアは古代から金や鉄、銅などの鉱物資源に恵まれ、エジプトにとって重要な役割を担ってきた。現在では本来の文化や風貌など、古代以降にギリシャ人・ローマ人の移民が流入し続けたエジプトとは異なる独自性を残している。中世以降アラブ・イスラム帝国の隆盛により現代ヌビア人はかなりにおいて「アラブ系」に同化している。現在は北部の一部がエジプト領、残りはスーダン共和国領である。

ヌビア遺跡群は1979年に世界遺産に登録された。

ヒエログリフ

ヒエログリフ(hieroglyph、聖刻文字、神聖文字)とは、ヒエラティック、デモティックと並んで古代エジプトで使われた3種のエジプト文字のうちの1つ。エジプトの遺跡に多く記されており、紀元4世紀頃までは読み手がいたと考えられているが、その後読み方は忘れ去られてしまった。19世紀になって、フランスのシャンポリオンのロゼッタ・ストーン解読以降読めるようになった。ロゼッタストーンによるとくずし字もあるとされている。

一般には古代エジプトの象形文字あるいはその書体を指すが、広義にはアナトリア・ヒエログリフ(英語: Anatolian hieroglyphs、ヒエログリフ・ルウィ語の象形文字)、クレタ・ヒエログリフ(英語: Cretan hieroglyphs、Eteocypriot languageの象形文字)、マヤ・ヒエログリフ(英語: Mayan hieroglyphs、マヤ語の象形文字)、ミクマク・ヒエログリフ(英語: Mi'kmaq hieroglyphs、ミクマク語の象形文字)など、他の象形文字に対しても用いられることがある。

ホルス

ホルス(Horus、エジプト語ラテン文字転写:Hr, Hru、古代ギリシア語: Ώρος, Hōros)は、エジプト神話に登場する天空と太陽の隼の神。エジプトの神々の中で最も古く、最も偉大で、最も多様化した神の一つである。

ラー

ラー (Ra) 、あるいはレー (Re) は、エジプト神話における太陽神である。語源はエジプト語でそのまま、「Ra」(太陽)。ヘリオポリス九柱神の一柱。

ワディ・エル・ホル文字と原シナイ文字

原シナイ文字(げんシナイもじ)は、シナイ半島のサラービート・アル=ハーディム (アラビア語: سرابت الخادم Sarābīṭ l-ḫādim) で発見された、青銅器時代中期 (紀元前2000年-紀元前1500年) の年代と推定される少数の刻文に使われている文字を指す。

最古の「原シナイ文字」刻文は、早くて紀元前19世紀、遅くて紀元前16世紀のものと推定される。「主な議論は早い時期である1850BCごろか、遅い時期である1550BCごろかで争われている。どちらの時期をとるかによって、原シナイ文字と原カナン文字のどちらが古いか、そこからの帰結として音素文字がエジプトとパレスチナのどちらで生まれたかが決定される」。青銅器時代の「原シナイ文字」およびさまざまの「原カナン文字」の刻文資料はわずかな量のものしか存在しない。青銅器時代が崩壊し、レヴァント地方に新しいセム系の王朝が勃興して、はじめて鉄器時代のフェニキア文字の直接の祖先である「原カナン文字」(ビブロス刻文)が現れる。

いわゆる「原シナイ文字」は、1904年から1905年にかけての冬にシナイ半島でフリンダーズ・ピートリー夫妻が発見した。これに加えて、紀元前17世紀から15世紀のものとされるさまざまな短い「原カナン文字」刻文がカナンで発見された。より新しくは、1999年にen:John Darnellとen:Deborah Darnellが中エジプトでいわゆるワディ・エル・ホル文字(ワディエルホルもじ、英語:Wadi el-Hol script)を発見した。紀元前19世紀から紀元前18世紀頃のものと推定される。

古代エジプト文学

古代エジプト文学(こだいエジプトぶんがく)は、古代エジプトの王朝時代からローマの属州であった時代の終わりまでにかけてエジプト語で書かれた、エジプト文学の源流をなす文学である。シュメール文学と共に、世界最古の文学と考えられている。ただし、「古代エジプトの文学」という場合、通常の「文学」より広い意味を有し、文字で記されたテクスト全般を「文学」として扱うことが多く、ピラミッドの内部や棺の内側に記される宗教文書も含めて研究されてきた経緯がある。

エジプト文字(ヒエログリフとヒエラティックの双方)は紀元前4千年紀後半、先王朝時代のエジプトの後期に出現した。紀元前26-22世紀のエジプト古王国の時代までには、葬礼文書 、書簡文学や手紙、宗教的な讃歌や詩、傑出した高位の行政官の経歴を列挙する自伝的追悼文などの文学的作品が存在していた。エジプトの物語文学が生まれるのは紀元前21-17世紀のエジプト中王国初期になってからである。これはリチャード・パーキンソンによれば、知的な書記官階級の勃興、個人に関する新しい文化的感受性、先例のない高い識字水準、文字資料へのアクセスなどの結果としてもたらされた「メディア革命」であった。しかしながら、識字率は全人口の1%にも満たなかった可能性がある。従って、文学の創造は選良によるものであり、官庁やファラオの王宮に付随した書記官階級に独占されていた。ただし、古代エジプト文学がどの程度王宮の社会政治体制に依存していたかについては現代の学者の間でも完全な意見の一致は得られていない。

エジプト中王国の音声言語である中期エジプト語が紀元前16-11世紀のエジプト新王国期には古典言語となり、この時期に新エジプト語として知られる地方語が初めて書き物に出現した。新王国の書記官たちは中期エジプト語で書かれた数多くの文学テクストを正典として写本し、中期エジプト語は神聖なヒエログリフのテクストを口誦するための言語であり続けた。「セバイト」(教訓)や伝説的な物語など、中王国時代のジャンルの一部は新王国でも一般的であり続けたが、預言的なテクストのジャンルは紀元前4-1世紀のプトレマイオス朝時代になるまで復興しなかった。人気のある物語としては『シヌヘの物語』や『雄弁な農夫の物語』、重要な教育的テクストとしては『アメンエムハト一世の教訓』や『愛国者の教訓』などがある。新王国時代までには、神聖な神殿や墓の壁に記された記念の落書きが独自の文学ジャンルとして繁栄するようになっていたが、これらにも他のジャンルと同様の定型的な表現が用いられていた。正当な著者を認知することは一部のジャンルでしか重要とされておらず、「教訓」ジャンルのテクストでは偽名が用いられ、有名な歴史的人物に偽って帰されていた。

古代エジプト文学は幅広い媒体によって保存されてきた。パピルスの巻物や束、石灰岩や陶磁器のオストラコン(破片)、木の筆記板、石造の記念建築、コフィン・テクスト(石棺に書かれた文章)などである。このような形で保存され、現代の考古学者たちにより発掘されたテクストは、古代エジプト文学の小さな部分を見せてくれるに過ぎない。ナイル川の氾濫原にあたる地域は湿潤な環境がパピルスとインクによる文書の保存に適さなかったため、あまり伝わっていない。他方で、数千年間に亘り埋もれ、隠れていた文学がエジプト文明辺縁の乾燥した砂漠地帯の集落から発見されている。

語族の一覧

語族の一覧(ごぞくのいちらん)は、世界の語族の一覧である。

古代エジプト
ギザのピラミッド

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