アスワン

アスワン(Aswan)、もしくはシエネ(Syene)は、エジプト南部、ヌビア地方の都市で、アスワン県の県都。エジプトの国家の一大事業であったアスワン・ハイ・ダムの近く。

市内には、アガサ・クリスティが『ナイルに死す』を執筆し、その作品の舞台となったことで知られる名門ホテル「オールド・カタラクト」がある。フィラエ神殿は、世界遺産に登録されている。アブ・シンベルへの観光拠点でもある。1951年1978年にかけて、世界最少の平均降水量(0.5mm)を記録した。エラトステネスは、この都市とアレクサンドリアとの太陽南中高度の違いから地球の全周長を求めた。

アスワーン
أسوان
Aswan
エジプトの旗
Aswan,NE
位置
の位置図
座標 : 北緯24度05分 東経32度56分 / 北緯24.083度 東経32.933度
行政
 エジプト
  アスワン県
 市 アスワーン
人口
人口 (2008年現在)
  市域 275,000人
その他
等時帯 東ヨーロッパ時間 (UTC+2)

歴史

Syene1
アスワンに位置するナイル川
Railway Station Street, Aswan, Egypt, Oct 2004 B
アスワン市街

アスワンは、古代エジプトにおいて南の辺境の町であり、スウェネト(Swenet)と呼ばれた古代都市であった。スウェネトとは古代エジプトの言語で「交易」を意味し、エジプトの神に由来すると考えられている。この神は、エジプトがギリシアローマに占領された後、ギリシアにはエイレイテュイア(Eileithyia)、ローマにはルキナ(Lucina)として伝わった。エイレイテュイア、ルキナは共に「出産(多産)の女神」を表している。

気候

非常に雨が少なく、世界で最も乾燥した居住地の1つである。

交通

観光

GD-EG-Assouan-Obélisque inachevé
切りかけのオベリスク

近郊の都市

脚注

  1. ^ Weather Information for Asswan”. 2012年8月31日閲覧。
  2. ^ Asswan, Egypt: Climate, Global Warming, and Daylight Charts and Data”. 2013年6月20日閲覧。
  3. ^ Climate Statistics for Aswan, Egypt”. 2012年2月27日閲覧。
  4. ^ Aswan, Egypt”. Voodoo Skies. 2013年7月9日閲覧。

関連項目

外部リンク

7月21日

7月21日(しちがつにじゅういちにち)はグレゴリオ暦で年始から202日目(閏年では203日目)にあたり、年末まであと163日ある。誕生花はヤマユリ、アサガオ。

ADVANCE OF Ζ ティターンズの旗のもとに

『ADVANCE OF Ζ ティターンズの旗のもとに』(アドバンス オブ ゼータ ティターンズのはたのもとに、ADVANCE OF Ζ THE FLAG OF TITANS、AOZとも略される)は、模型と小説によるフォトストーリー作品および、同名の漫画作品。

アスワン・ハイ・ダム

アスワン・ハイ・ダム (アラビア語: سد أسوان العالي‎ sadd ’aswān al-‘ālī, 英語: Aswan High Dam)は、エジプトの南端部、アスワン地区のナイル川に作られたダムである。

アスワンダムは2つあるものの、現在では単に「アスワンダム」と言うとアスワン・ハイ・ダムを指すことが多い。1902年に完成した古いアスワンダムは、区別のためにアスワン・ロウ・ダム(Aswan Low Dam)とも呼ばれる。アスワン・ロウ・ダムは、1902年に完成して以降、数度にわたって拡張された。

アスワン・ハイ・ダムは、アスワン・ロウ・ダムの6.4 km上流に建設され、1970年に完成した。

アスワン県

アスワン県(アスワンけん、アラビア語: محافظة أسوان‎)は、エジプトのムハーファザの一つ。北はルクソール県、東は紅海県、西はワーディー・ゲディード県、南にスーダンが接する。県庁所在地はアスワン。

アブ・シンベル神殿

アブ・シンベル神殿(Abu Simbel)は、エジプト南部、スーダンとの国境近くにあるヌビア遺跡。

エジプト

エジプト・アラブ共和国

جمهورية مصر العربية

国の標語:なし

国歌:بلادي، بلادي، بلادي(アラビア語)我が祖国

エジプト・アラブ共和国(エジプト・アラブきょうわこく、アラビア語: جمهورية مصر العربية‎)、通称エジプトは、中東(アラブ世界)および北アフリカにある共和国。首都はカイロ。

アフリカ大陸では北東端に位置し、西にリビア、南にスーダン、北東のシナイ半島ではイスラエル、ガザ地区と国境を接する。北は地中海、東は紅海に面している。南北に流れるナイル川の河谷とデルタ地帯(ナイル・デルタ)のほかは、国土の大部分が砂漠である。ナイル河口の東に地中海と紅海を結ぶスエズ運河がある。

エジプトの県

エジプトは、27のムハーファザ(県、あるいは州と訳される場合もある。ここでは県とする)から構成されている。2011年エジプト革命後の2011年4月に、エジプトの首相であるイサーム・シャラフによりヘルワーン県がカイロ県に、10月6日県がギーザ県に再編入され、2008年4月以前の区画に戻った。

2014年8月17日に、中央シナイ県(Central Sinai)アラメイン県(el-Alamein)、アル=ワハト県(al-Wahat)3つの県が設置された。

エドフ

エドフ(Edfu、アラビア語: إدفو‎)は、ルクソールとアスワンの中間に位置する、ナイル川西岸のエジプトの町。神聖名「ベフデト(Behdet)」。

エレファンティネ島

エレファンティネ島(ギリシャ語: Νησί Ελεφαντίνη, ラテン文字転写: Nēsí Ēlephantínē、アラビア語: جزيرة الفنتين, ラテン文字転写: Gazīrat il-Fantīn)は、ナイル川の下流域にある川中島である。東側の対岸にアスワーンの町がある。島の南端部には、主に新王国時代に建てられたクヌム神殿遺跡やナイロメーターの遺跡がある。なお、現地ではアスワーン島(Jazīrat Aswān)がフォーマルな名称である。

エレファンティネ島はナイル川の第1急流を構成する無数の島や岩礁のひとつであり、当該第1急流の北端に位置する(#地理)。古代エジプトの地理概念ではエレファンティネ島が上エジプトの南端であり、第一急流を越えてナイル川を遡るとそこは「ヌビア」と呼ばれる地域であった。また、エレファンティネ島には第1行政区(ノモス)の主都が置かれた(#歴史)。

カイロ国際空港

カイロ国際空港(カイロこくさいくうこう、亜: مطار القاهرة الدولي‎、英: Cairo International Airport)は、エジプトの首都・カイロにある国際空港である。カイロ市街地中心部から北東に15kmの位置にある。

エジプト航空の拠点である。カイロ空港公団(Cairo Airport Authority (CAA))によって運営されている。

2009年には14,382,042人の乗降客があり、アフリカではヨハネスブルグ国際空港(南アフリカ)に次いで2番目に乗降客の多い空港である。

サテト

サテト、サティス(Satet, Satis, Satjit, Sates, Sati)は、エジプト神話で登場するナイル川の洪水を神格化した女神。起源は、古代エジプトの都市エレファンテイネ(Swenet/現・アスワン、エジプトの南端の都市)とされる。

ダム

ダム(英: Dam)または堰堤(えんてい)は、水力発電や治水・利水、治山・砂防、廃棄物処分などを目的として、川や谷を横断もしくは窪地を包囲するなどして作られる土木構造物。一般にコンクリートや土砂、岩石などによって築く人工物を指す。大規模なダムで川を堰き止めた場合、上流側には人造湖(ダム湖)が形成される。

人間以外にダムを造る動物としてビーバーがおり、また土砂崩れや地すべりによって川が堰き止められて天然ダムが形成されることもある。また、地上だけでなく、地下水脈を堰き止める地下ダムもある。このほか、貯留・貯蓄の比喩として用いられることがあり、森林の保水力を指す緑のダムという言葉がある。

堰(せき、い、いせき)ともいう。この場合は取水や水位の調節などが目的で、砂防ダムは除く。

日本のダムについての詳細は日本のダムを参照のこと。

ナイル川

ナイル川(ナイルがわ、アラビア語: النيل‎ (an-nīl)、英語: the Nile、フランス語: le Nil)は、アフリカ大陸東北部を流れ地中海に注ぐアフリカ最長級の河川である。長さは6,650km、流域面積は2,870,000km2にのぼる。

ヌビア

ヌビア (Nubia) は、エジプト南部アスワンあたりからスーダンにかけての地方の名称。古代エジプト語のヌブ(金)から古代ギリシア・ローマ人がそう呼んだのが始まり。アラビア語ではヌーバ。ヌビア語はレプシウスにより「黒人との混血」、ライニシュにより「原ハム語」、ヴェステルマンにより「スーダン系」とされてきたが、グリーンバーグ以降ナイル・サハラ語族の東スーダン語派とされている。

もともとエジプトとヌビアは同一の祖先から別れた国であった。ヌビアは古代から金や鉄、銅などの鉱物資源に恵まれ、エジプトにとって重要な役割を担ってきた。現在では本来の文化や風貌など、古代以降にギリシャ人・ローマ人の移民が流入し続けたエジプトとは異なる独自性を残している。中世以降アラブ・イスラム帝国の隆盛により現代ヌビア人はかなりにおいて「アラブ系」に同化している。現在は北部の一部がエジプト領、残りはスーダン共和国領である。

ヌビア遺跡群は1979年に世界遺産に登録された。

ヌビア遺跡

アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群(Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae)は、エジプト南部のナイル川流域にある、古代エジプト文明の遺跡。

1960年代、エジプトでナイル川流域にアスワン・ハイ・ダムの建設計画が持ち上がったが、このダムが完成すると、ヌビア遺跡が水没する危機が懸念された。これを受けて、ユネスコが、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンを開始。世界の60ヶ国の援助により、技術支援、考古学調査支援などが行われた。

これがきっかけとなり、開発から歴史的価値のある遺跡、建築物、自然等を国際的な組織運営で守ろうという機運がうまれ、1972年11月16日、ユネスコのパリ本部で開催された第17回ユネスコ総会で世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で成立。1975年、20ヶ国が条約を締結し、正式に発効した。ヌビア遺跡群も1979年、文化遺産として登録された。

フェラッカ

フェラッカあるいはファルーカ(英語: felucca、アラビア語: فلوكة‎)は、紅海やマルタ近海を含む地中海東部で使用される伝統的な木造の帆船。特にナイル川流域のエジプト、スーダン、イラクで使用される。帆装は多くは1本あるいは2本のマストとラテンセイルで構成される。

2,3人の船員で、10人の乗客を運ぶことが可能である。モーターボートやフェリーの登場で帆船は時代遅れになりつつあるが、アスワンやルクソールといったナイル川流域の都市では、フェラッカは現在も有効な交通手段として利用されている。モーターボートと比較して、フェラッカは静かで穏やかであるため観光客からの人気も高い。

ロックフィルダム

ロックフィルダムはダムの型式の一つで、岩石や土砂を積み上げて建設する型式のダムである

上エジプト

上エジプト(かみエジプト、アラビア語: صعيد مصر‎ Saʿīd Miṣr, 略称: الصعيد es-Ṣeʿīd, es-Ṣaʿīd、コプト語: ⲙⲁⲣⲏⲥ Mares、英語: Upper Egypt)は、エジプトの地域名。現在のカイロ南部からアスワンあたりまでを指す。カイロ以北のナイルデルタである下エジプトとともに古代エジプトを構成する二大地域であった。中間期には上エジプトと下エジプトにそれぞれ王朝が分立し、覇権を争うことも多かった。

エジプトに興った文明は、紀元前3500年ごろに上エジプトと下エジプトの二つの王朝にまとまり、紀元前3150年ごろに上エジプトのナルメル王が下エジプトを押さえてエジプト最古の統一王朝であるエジプト第1王朝を建設した。当時の上エジプトの中心はヒエラコンポリスであり、ヒエラコンポリスの守護神であったネクベトはやがて上エジプト全体の守護神となっていった。上エジプトの王冠は白色、植物は睡蓮(ロータス)が象徴とされた。

エジプト第1中間期には上エジプトはいくつかの勢力に分裂していたが、やがてテーベが力をつけ、ヒエラコンポリスやティニスを破って上エジプトを統一し、テーベを基盤とするエジプト第11王朝が下エジプトをも制圧してエジプト中王国時代を成立させた。この際、テーベ地方の神であったアメン神がエジプト全土の神となり、第30王朝期までの間、エジプトの主神であり続けた。

エジプト第2中間期にも、下エジプトのアヴァリスを都としたヒクソスのエジプト第15王朝と上エジプトを領するテーベの第17王朝が争い、第17王朝が勝利してエジプト新王国時代が到来した。

現在は、カイロ首都圏や港湾都市群やナイルデルタの農地を抱えエジプト経済の中心部である下エジプトに対し、純然たる農村部で発展が遅れた上エジプトは、エジプト社会でも独自の位置を占めている。住民の多くは、アラブによる征服以前のエジプト民族の遺風を濃く残すフェラヒンと呼ばれる農民で、イスラム教徒に対するコプト教徒(キリスト教徒)の割合が高いといった特徴も持つ。

アスワンの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 35
(95)
39
(102)
44
(111)
45
(113)
51
(124)
49
(120)
48
(118)
48
(118)
48
(118)
45
(113)
42
(108)
37
(99)
51
(124)
平均最高気温 °C (°F) 22.9
(73.2)
25.2
(77.4)
29.5
(85.1)
34.9
(94.8)
38.9
(102)
41.4
(106.5)
41.1
(106)
40.9
(105.6)
39.3
(102.7)
35.9
(96.6)
29.1
(84.4)
24.3
(75.7)
33.62
(92.5)
日平均気温 °C (°F) 15.3
(59.5)
17.5
(63.5)
21.8
(71.2)
27
(81)
31.4
(88.5)
33.5
(92.3)
33.6
(92.5)
33.2
(91.8)
31.2
(88.2)
27.7
(81.9)
21.5
(70.7)
16.9
(62.4)
25.88
(78.63)
平均最低気温 °C (°F) 8.7
(47.7)
10.2
(50.4)
13.8
(56.8)
18.9
(66)
23
(73)
25.2
(77.4)
26
(79)
25.8
(78.4)
24
(75)
20.6
(69.1)
15.0
(59)
10.5
(50.9)
18.47
(65.22)
最低気温記録 °C (°F) −2
(28)
0
(32)
3
(37)
8
(46)
3
(37)
19
(66)
16
(61)
19
(66)
16
(61)
12
(54)
3
(37)
1
(34)
−2
(28)
雨量 mm (inch) 0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0.1
(0.004)
0
(0)
0
(0)
0.7
(0.028)
0
(0)
0.6
(0.024)
0
(0)
0
(0)
1.4
(0.056)
平均降水日数 0 0 0 0 0.1 0 0 0.5 0 0.25 0 0 0.85
湿度 40 32 24 19 17 16 18 21 22 27 36 42 26.17
平均月間日照時間 298 281 322 316 347 363 375 360 298 315 300 289 3,864
出典 1: World Meteorological Organization,[1] Climate Charts for mean temperatures and another source for humidity[2]
出典 2: The Weather Network,[3] Voodoo Skies for record temperatures[4]
エジプトの旗 エジプトの人口上位都市

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